この越前市は古くは越前国の国府として栄え、
長徳2年(996年)には、
紫式部が越前国司の父と共に訪れています。
南北朝時代(1337年頃)になり、
越前打刃物の祖になる刀匠(とうしょう)、
千代鶴国安(ちよづるくにやす)がこの地に現れました。
鍛冶職人に刀鍛冶の技術を取り入れた、
鎌の製造方法を教えたと伝わっています。

江戸時代には、
越前鎌は越前国の名産品に挙げられるようになります。
明治以後、
ベルトハンマーの導入による生産性の向上や、
科学的な鋼(はがね)の熱処理方法の研究による、品質「切れ味と耐久性」の向上が図られました。
昭和54年(1979年)に越前打刃物は、
国から伝統的工芸品として指定を受けました。
この後も、新しい鋼材の使用やデザインの研究など技術革新を進め、
国内外で高い評価を得ています。

千代鶴国安が京を出て、良質の水を求めて諸国を回り、
越前府中の水が優れているのを知ってこの地に住み着いたという。
現在の越前市京町(当時は茶の木原とよんだ)である。
気に入った刀ができるごとに、砥石(といし)に狛犬(こまいぬ)を削り、
感謝の祈りを込めて池に沈めた。
あるいは、武運長久(ぶうんちょうきゅう)を祈り狛犬(こまいぬ)を沈めた。
又は人を殺すためではなく武士の象徴としての刀であってほしいとの祈りを込めて
狛犬(こまいぬ)を沈めたという言い伝えがある。

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